気相・凝縮系における反応ダイナミクスの理論研究, 森 俊文, Mol. Sci. 13, A0106 (2019)

jst.go.jp


前提

「凝縮系には、フェムト秒(10-15秒)という非常に速い時間スケールの分子振動から、マイクロ秒(10-6秒)からミリ秒(10-3秒)そしてさらに遅い時間スケールの分子の集団的な運動やタンパク質の構造変化が存在します。*

ここでは気相中での光異性化反応と,凝縮系でのタンパク質フォールディングおよび酵素反応に関する研究成果を紹介されている。

光異性化反応の非断熱遷移過程

レチナール反応;ピコ秒以内で進行する超高速反応。光エネルギーを効率的に力学的エネルギーに変換する機構。円錐交差(minimum energy conical intersection(MECI))構造が非断熱遷移過程を特徴付ける構造であると考えられ,そのため電子励起状態が関与する反応。

state averaged complete-active-space self-consistent-field(SA-CASSCF)法
multistate second order perturbation(MS-CASPT2、高精度電子状態理論)法14
surface hopping 法17 → この例では、ポテンシャル面の間の遷移が何度も起こる場合,非常に多くのトラジェクトリ計算が必要
multiple spawning 法18
seam space nudged elastic band(SS-NEB)method,Figure 4a;円錐交差空間内でMECI 点をつなぐ最小エネルギー経路を求める新たな方法

タンパク質のフォールディング過程(凝縮系反応)

凝縮系反応の一つ目の例として,タンパク質のフォールディング過程に関する研究を紹介する。タンパク質は,各々がアミノ酸配列によって一意に決まる固有のフォールド構造(天然構造)。筆者らは,従来の問題点の一つとして,フォールディング機構を遷移状態という一点を通る均一な過程として理解しようとしている点があると考えた。

長時間分子動力学シミュレーション,特に専用計算機Antonの利用
詳細については,既報の論文や和文の解説を参照45–47。
タンパク質のトラジェクトリへと適用して構造変化の遷移過程を調べる
transition path time(TPT)

dynamic component analysis(DCA)法を解析法として提案;タンパク質のフォールディングなど,運動の時間の階層に分けて解析
データの時間情報を用いる独立成分分析法
relaxation mode analysis 法43(遅い時定数の運動モード)
time-structure based independentcomponent analysis 法44(遅いドメイン運動を調べた)

酵素反応の動的機構(凝縮系反応2)

筆者らは,酵素反応の反応ダイナミクスを理論計算から明らかにすることを目指し,プロリン異性化酵素Pin1 による反応を調べた。(分子動力学シミュレーションによる反応の自由エネルギー面と遷移過程のダイナミクス)

拡張アンサンブル法
レプリカ交換アンブレラサンプリング法(拡張アンサンブル法の一つ)
遷移経路サンプリング法(異性化の遷移イベントは非常に稀で通常のシミュレーションの時間内には発生しないので,トラジェクトリの生成の仕方に重みをつける)

遷移トラジェクトリに沿った基質周りの水素結合パターンの変化を,自由エネルギー曲線のときと同様に調べた(Figure 9d)。

異性化の瞬間に起こる構造変化は非常に局所的であることを示唆しており,実際に基質の原子が異性化の間に動いた距離(遷移の瞬間の構造からのroot-mean-square deviation(RMSD))を調べると,酵素がない条件下では様々な原子が動いている(Figure 10b 下段)のに対して,酵素の存在下では,
pSer167(O) とPro168 のリング(Pro168 のCδ,Cγ,Cβ 原子)のみが局所的に大きく動いているのが見られる(Figure 10b上段)。

酵素のダイナミクスは化学反応の座標の変化と直接カップルしてはいないが,遷移状態を安定化する励起状態を形成するために,酵素の構造揺らぎによって引き起こされる状態遷移が重要であることを示している。

遷移状態理論は反応を理解するのに非常に強力な枠組みであるが,実験技術・計算機の向上により,一分子レベルで詳しく反応機構を調べることが可能になってきたことで,従来の平均的描像では見えない個々の反応過程を理解することが今後より重要になっていくことが予想される。

(memo)現在気になっていること

全コンフォメーション生成におけるNP困難性
MDにおける並列計算化の困難性

MDロボティックス
遷移確率行列(MSM理論における遷移確率≒速度論行列)
速度論とは何なのか?単~少数分子でのMDで観測される速度とバルクでの速度論の関連 揺らぎ(エネルギーの不均一性)をどの程度考慮するのか